Monozukuri Ventures(以下、MZV)代表の牧野です。
今回のブログでは、スタートアップが「買われる側」ではなく「買う側」に回るという新潮流を、SHIFT・GENDAの事例を交えながら解説します。
上場すること=成功。
かつて、これがスタートアップの理想的な出口戦略とされてきました。
しかし現在では、グロース市場の低迷や資金調達機会の乏しさ、上場後の成長意欲の低下といった課題から「IPOだけが正解ではない」という認識が広まりつつあります。
そんな中で注目されているのが、スタートアップ自身がM&Aを通じて成長を図る、という新たなアプローチです。
グロース市場の現実「上場ゴール」
2025年4月、東証は、グロース市場の新たな上場維持基準案を発表しました。その内容は「上場から5年以内に株式時価総額が100億円に達しない企業は上場廃止とする」というものです。
日本のスタートアップは、以前から小規模上場などは問題視されることがありました。実際、グロース市場に上場する約620社のうち、約70%が時価総額100億円未満です。
さらに問題視されているのが、株主からの評価の低さです。グロースの株価指数は他の市場と比べて低迷が続いており、株主に対して上場後の成長戦略を示すことが出来ず、多くの企業が小さな規模で市場に留まっている状況です。実際、上場後にセカンドファイナンスをした企業は全体のわずか14%のみにとどまっています。
こうした背景から、「上場ゴール」という言葉も生まれました。
東京証券取引所はグロース市場を「成長意欲のある企業のための市場」と位置付けており、安定成長を目指す企業はスタンダード市場や名古屋証券取引所など、別の市場に上場すべきだという意図があると考えられます。
スタートアップにとっての新たな成長戦略-M&A
では、スタートアップは上場後にどのような成長戦略を描けばよいのでしょうか。
その答えのひとつがM&Aです。
従来は「大企業が買い、スタートアップが売却してEXIT」が定番でした。
しかし近年では、スタートアップ自身が買収する側に回り、企業を成長させる事例も出てきています。こうした企業は、M&Aを通じて自社の経営資源を補完しながら、スピード感を持って非連続的な成長を実現しているのです。
株式会社SHIFTの事例(ITサービス)
・設立日:2005年
・上場時時価総額:36億円(2014年) → 現在:約3,000億円
・買収件数:37件(2025年3月時点)
・買収企業例:インフラトップ(プログラミング教育)、KINSHA(ゲームデバッグ)、モズー(3DCG)
・特徴:
・PMI(統合プロセス)を組織的に行い、ブランド・人事制度を維持
・自主性を尊重する「遠心力経営」
株式会社GENDAの事例(エンタメ)
・設立日:2018年
・上場時時価総額:550億円(2023年) → 現在:約1,700億円
・買収件数:41件(2024年公式HPより)
・買収企業例:セガエンタテインメント(アミューズメント施設)、スガイディノス(アミューズメント施)、ギャガ(映像コンテンツ事業)
・特徴:
ロールアップ型M&A(同業他社を複数買収して業界シェアを拡大)
映像、ゲーム、アミューズメントといったサービスラインを拡張
万能ではないM&A、IPOはあくまで通過点
2025年5月、日本政府はM&Aで生じる「のれん代の費用処理」に関して再検討することを発表しました。これまでM&Aの障害の一つと言われてきたのれん代償却の基準が変わることで、M&Aがより活発化する動きも出てきています。その意味でロールアップ型のM&A(複数の同業他社を買収)や事業承継型のM&A(後継者がいない企業を買収)を通じて、スケールメリットと効率化を図る事業成長は、今後、スタートアップが採る戦略の一つになっていくと思われます。
ただM&Aにもリスクが伴います。過去にもM&Aを成長戦略と位置付けて成長する企業もありましたが、M&A後の企業統合が上手くいかずに成長が止まったり、M&Aした企業の決算不備により上場廃止に追い込まれた事例もありました。M&Aを成長のドライバーとするためには、ファイナンス戦略はもちろんのこと、買収企業の見極めやデューデリジェンスの体制、さらにはM&A後のPMIなど体制を構築しておくことが不可欠になります。
何れにしても上場を一つの通過点と考え、上場後にどのような成長フェーズを描けるかがより問われるようになります。このこと自体は市場の活性化、さらには日本経済の活性化という点にも寄与するのではないかと考えます。
結論:スタートアップは、M&Aを”選択肢”ではなく”武器”に
これまでスタートアップにとってM&Aは「EXIT」の一つでした。ただ今後はスタートアップがM&Aを仕掛ける側として成長戦略の一つとして検討すべき時代になりつつあります。東京証券取引所の時価総額基準やのれん代の償却の議論等とも相まって、今後は、以下のような流れが加速することも予想されます。
・上場前後を問わず、M&Aを組み込んだ成長戦略の策定
・スタートアップ同士によるM&A(水平統合)
・同業他社や類似業種のロールアップ戦略による業界再編
・海外企業とのクロスボーダーM&A
Monozukuri Venturesはこれまでもイノベーションを実装するために、M&Aが一つの選択肢になるようなエコシステム活動をしてきました。ただこれからの時代はスタートアップが「買う側」になることも起こりそうです。スタートアップがM&Aを通じて成長する社会に向けて私達の活動も広げていきたいと考えています。
参考
・東証、名ばかり「グロース」に新基準 時価総額100億円未満は廃止
・名ばかり東証グロース市場 1380億円上場タイミーが逃れた失速のわな
・時価総額「100億未満は上場廃止」で何が起こる?グロース企業が直面する“次の選択”
・SHIFT、10年間で37件のM&A 買収判断も統合作業も仕組み化で迅速に
・M&A「のれん」償却の再検討要請、規制改革会議が答申 慎重論も
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Monozukuri Ventures CEO。愛知県出身、京都に住んで17年。ずっと関西中心にスタートアップに関わる仕事をしています。今は京都の梅小路エリアにてスタートアップ、アーティスト、クリエイターが集うような街づくりにも挑戦中。2児の父親として育児も頑張ってます!!