ハードウェア・スタートアップが急成長を遂げるための3つの必要条件 ―家庭用IoT分野におけるJiboとNestの比較―

スタートアップ企業の中で特に急成長を遂げた企業は「ユニコーン」と呼ばれ、昨今メディア等でも大きな注目を集めている。ほとんどの「ユニコーン」はソフトウェア分野の会社で、 ハードウェア分野に目を向けると、まだその数は一握りしかない。


「どうすればハードウェア分野でユニコーンになれるのか?」


この問いに対する答えを求めて、成功を目指す多くのハードウェア・スタートアップの起業家は、日々努力をされていることと思う。


ソフトウェア業界では、早いサイクルでトライアンドエラーを繰り返し、サービスの提供価値とマーケットニーズのギャップを埋めていく方法をとるが、 ハードウェア・スタートアップは、フィジカルな「モノ」を相手にするため一回のトライに時間がかかる。そのため、プロダクトを洗練させ、市場に出していく方法も異なり、 ソフトウェア事業とは異なるマネジメントが必要になる。”Hardware is hard”という言葉が使われる所以である。

それでは、この”Hard”な事業環境において、

「ハードウェア・スタートアップが成長を遂げる上で必要なものは
何だろうか?」

本稿ではソーシャル・ロボットのパイオニアJiboとIoTホームデバイスの成功者Nestの2社を取り上げる。Jiboは創業から6年で操業を停止したが、Nestはユニコーンとして買収された。 家庭用IoT機器という同じ分野で事業を展開していたにもかかわらず対照的な道を歩むこととなった2社を比較しながら、成功の明暗を分ける原因になったと思われる3つのポイント、

1. 製品開発、2. 人員計画、3.資金調達、について説明をしていく。


ソーシャル・ロボットのパイオニアJiboとIoTホームデバイスの成功者Nest

Jibo

jibo robot


JiboはMITの准教授であるCynthia Breazeal氏が中心となって2012年に設立された。彼女はiRobotの共同創業者であるProf. Rodney Brooksの教え子であり、 ソーシャル・ロボットという概念を最初に提唱した人物である。2013年1月にCharles River Venturesなどから$2.2Mを調達するもその後の事業展開において苦戦し、2014年4月にブリッジでの$5Mの調達に踏み切った。 同年7月に実施したクラウドファンディングで7000人以上から$2.3Mを集めたことによりソーシャル・ロボット市場の需要があることを示し、その後VCとの交渉は順調に進み、2015年1月に$25.3M、 7月に$11M(電通ベンチャーズとKDDIも出資)、10月に$16Mの調達に成功する。
しかし当初2015年に予定していた出荷を何度も延期、2017年9月に、一台$900という価格で出荷にこぎつける。 しかしながらその1年後の2018年11月、全資産をSQN Venture Partnersに売却し、その6年間の事業活動の幕を閉じた。


Nest

nest Thermostat

Nestは2010年に、Apple出身のTony Fadell氏とMatt Rogers氏(二人はそれぞれiPodとiPhoneのプロジェクトで重要な役割を担っていた。)によって創業された。創業から間もなく、 Kleiner PerkinsやGoogle Ventures(Googleのベンチャー投資部門)といった名立たる投資家からシリーズAの資金調達を実施。
2011年に、部屋の空調を最適化し、 エネルギーを節約する「Nest Learning Thermostat」を249ドルで発売。2013年1月にGoogle Venturesなどから$80Mを調達。同年10月には2つ目の製品である煙探知機「Nest Protect」を発売する。 そして翌2014年1月にGoogleによって$3.2B(約3200億円)で買収された。創業からわずか4年後のことである。
その後もホームカメラ「Nest Cam」シリーズやホームセキュリティ・システム「Nest Secure」などを相次いで発売。 買収後もGoogleから独立して運営されていたNestだが、2018年2月にGoogleのハードウェア部門に統合される。2019年5月以降、それまでのGoogle HomeはGoogle Nestというブランドで販売されることが発表された。


両者の明暗を分けた要因


1. 製品開発

Nestの成功:既存プロダクトの大幅な改善によって着実に売上を伸ばした
Nestは2011年に「Nest Learning Thermostat」(学習機能の付いたサーモスタット)、 2013年に「Nest Protect」(煙や一酸化炭素の報知器)、2015年に「Nest Cam」シリーズ(屋内・屋外の監視カメラ)、そして2017年に「Nest Secure」(ホームセキュリティ・システム)をリリースしている。 いずれもニッチな製品ではあるが、デザインやUIUXを従来の製品と比べて大幅に改善し、ネットワークに接続して制御することで、今までのサーモスタットや報知器をアップデートし、 その概念を変える製品に仕上げた。その目の付けどころの良さがNestの1つの強みであったと言える。
共同創業者のRogers氏はインタビューで、「ダイソンが掃除機をセクシーな(かっこいい)製品にした」ことに言及しており、 「自分たちも同じことを目指している」と語っている。Nestは、リアリティのある製品を少しずつ投入し、売上を着実に伸ばす事業の展開をしてきた。いずれの製品も用途や市場が明確であり、 VCから好まれるものであったと考えられる。


Jiboの失敗(1):曖昧なコンセプトの製品化に時間がかかり過ぎた
ソーシャル・ロボットという概念を打ち出したMITの准教授が中心となって立ち上げられた大学発ベンチャーである。 彼女はiRobot創業者の弟子でもある。しかし、最初のデモ機の完成に、創業から2年以上かけてしまっていた。
またJiboは2017年に約900ドルで正式にリリースされた。 もともとはソーシャル・ロボットという新しいコンセプトを打ち出したJiboだが、最終的にでき上った製品が十分にそのコンセプトを反映し、差別化に成功しているとは言い難買った。 その当時既に、Amazon Echoのように、50~100ドル程度の手頃な価格のスマート・スピーカーが多くの競合によって発売されていおり、約10倍の価格に見合う価値をユーザーに提供することができなかった。
ソーシャル・ロボットというコンセプトが曖昧であり、そのロボットが備えるべき機能、人間との望ましいインタラクションなどの要件定義に多くの時間を費やしてしまったために、 現実の市場環境に合った製品開発をすることができなかった。大学の研究では新規性や魅力あるコンセプトだけでも十分かもしれないが、ビジネスでは、製品をユーザーに認めてもらい、 市場に普及させていく必要がある。ソーシャル・ロボットという魅力的なコンセプトを、適宜製品に落とし込み、市場との対話を通じて育てていく力が、Jiboには欠けていた。

Jiboの失敗(2):コア機能の実装に十分なリソースを割けなかった
Jiboが発売されたのは2017年だが、当初のスケジュールでは2015年に出荷されるはずであり、何度も延期している。 これほど開発に時間がかかった原因についてはさまざまな指摘があるが、大きな問題として音声認識の精度を上げられなかったことがあげられている。このロボットは、音声によってコントロールされることを謳っていたが、 その核となる音声認識の機能が十分なものでなかったため、いくらコンテンツを揃えても、顧客の期待に応えることができなかった。
先の例にも共通しているが、顧客の立場で製品開発を進め、 その上で自社の製品にとってコアとなる技術が何かということを理解し、開発の優先順位を考慮したリソースの確保・配分に手を打つという考えが、Jiboの経営陣には必要だった。


Jiboの失敗(3):プラットフォーム構築の負荷が大きすぎた
Jiboはハードウェアであるがその上に乗るコンテンツがその価値を左右する。Jiboではこのコンテンツを「スキル」と呼んでいる。 このスキルをすべて自社で開発するのではなく、大手企業との提携やサードパーティ開発者を巻き込んで提供する、「スキル・ストア」というマーケットプレイスを構築する戦略を考えていた。そのためのSDKやAPIの開発、 開発者向けのマーケティング、パートナーシップの交渉など多くのタスクが発生した。一方でハードウェアやプリインストールされるスキルの開発など、リソースを分散させる結果となった。
このようなプラットフォーム構築はスタートアップ企業の限られたリソースで取り組むにはあまりにも膨大なタスクであり、結果としてAmazon Echoなどの競合に追い抜かれてしまったと考えられる。


2. 人材

Nestの成功:ハード・ソフトともに開発経験が豊富なチーム体制を構築した
Nestは元AppleでiPod担当副社長のFadell氏とiPhoneのコンセプト設計をリードしたRogers氏によって2010年に共同創業された。 創業初期からプロダクト、Webサービス、機械学習のそれぞれの分野において、TwitterやMicrosoft出身の経験豊富な人材10人あまりを揃えており、非常にレベルの高いチームで事業をスタートしている。 その後も2012年末には130人以上、13年には200人、Googleに買収された14年には280人、そして15年には1100人と、非常に速いペースでの人員拡大に成功している。

Jiboの失敗:創業当初に実力のある開発メンバーを揃えられなかった
JiboはMITの准教授であるBreazeal氏とシリアル・アントレプレナーであるAsher氏によって共同創業された。 しかしAsher氏は起業家として十分な実績があるとは言い難い(後にコンテンツ提供企業との提携交渉を担当しており、ビジネスサイドの人物だと考えられる)。 またNuance Communicationsという会社の社長を務めていたChambers氏が2013年半ばからアドバイザーとして参画し、2015年1月からはCEOに就任している。 前職ではセールス・マーケティングと事業開発をリードしていた人物である。両氏はいずれもビジネスサイドの経験を有している。
一方で開発メンバーとしては、 一緒にプロジェクトを行った知人を創業初期にリード・デザイナーとして迎えている。また2014年7月には元Netflix取締役のAtkins氏をエンジニアリング担当バイスプレジデントに、 元iRobotのPack氏をロボット開発のチーフに据えるなど、開発チームを強化している。しかしこのときすでに創業から2年半が経過しており、Jiboの創業当初には実力のある開発メンバーが不足していたのではないかと考えられる。 セールスや事業開発も成長に欠かせないことは疑いないが、ハードウェア・スタートアップにおいて創業初期により重要なのは製品開発である。 Jiboのようなパイオニアにはそれ相応の腕の立つエンジニアやデザイナーがもっと早くに必要だったのではないだろうか。


3. 資金

Nestの成功:有力VCからの順調な資金調達
NestはシリーズAの時点でKleiner PerkinsやGoogle Venturesなど有力VCから調達を行っている。 その後のラウンドでもGoogle Venturesは引き続き出資しており、2013年には$800Mのバリュエーションで$80Mの出資をリードした。NestはVCから安定的に資金を調達しており、 マイルストーンの達成など企業価値を着実に向上させていることがうかがえる。そして創業からわずか4年後の2014年には、Googleによって$3.2Bで買収される。昨年度のラウンドからみても、 1年間で企業価値を実に4倍にした。


Jiboの失敗:VCからの調達不調とバリュエーションの伸び悩み
JiboはシリーズAの調達が不調に終わり、苦肉の策として2014年にクラウドファンディングを選択した。 クラウドファンディングは成功し、$2.3Mを調達することができたが、この資金には製品の売上が含まれており、全てを投資に回すことはできなかった。この調達を成功させたことで製品に対する需要があることを証明することができ、 2015年のVCからの調達交渉を有利に進めることができたものの、当時のバリュエーションは$130M程度と考えられており、その伸びは緩やかであった。 クラウドファンディングの成功が示すようにユーザーにとって魅力的な製品であったことは間違いないが、一方で投資家が関心を持つようなビジネスモデルや成長のシナリオを充分に描くことができなかったため、 フルスピードでの成長を可能とする十分な資金をスムーズに調達することが出来なかった。


本稿では、家庭用IoT機器という同じ分野で事業を展開していたにもかかわらず対照的な道を歩むこととなった2社を比較し、ハードウェア・スタートアップが急成長を遂げるための3つの必要条件を明らかにした。 Nestは充実した開発体制のもと、用途が明確な既存製品の改良にフォーカスすることで着実に売上を伸ばし、スムーズに企業価値を向上させた。一方で、Jiboは魅力的なコンセプトを持ちながら、製品開発の取り組み、 人材戦略、資金調達の面で苦戦を強いられ、思うような成長を遂げることが出来なかった。
2つの事例を基に紹介した「急成長を遂げるための3つの必要条件」が、今まさにハードな事業に挑むハードウェア起業家にとって、 参考になれば幸いである。

注)本稿はCrunchBase, Wikipedia, Harvard Business School Caseならびに以下の記事の情報に基づいて執筆されている。
・Anderson, Derek, “From The Garage To 200 Employees In 3 Years: How Nest Thermostats Were Born,” TechCrunch, May 11, 2013.
・Carman, Ashley, “They welcomed a robot into their family, now they’re mourning its death,” The Verge, Jun 19, 2019.
・Kessler, Sarah, “Nest: The Story Behind the World’s Most Beautiful Thermostat,” Mashable, Dec 15, 2011.
・Kodama, Jin, “世界販売は中止に!?ソーシャルロボット・Jiboの怪しい雲行き, ” Roboteer, Aug 17, 2016.
・Levy, Steven, “Nest Gives the Lowly Smoke Detector a Brain — And a Voice,” Wired, Oct, 2013.
・Van Camp, Jeffrey, “My Jibo Is Dying and It’s Breaking My Heart,” Wired, Mar 8, 2019.
・Wollerton, Megan, “Seven years in, Nest is hitting its smart home stride,” CNET, Mar 14, 2018.

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著者:Takahiro INADA

京都大学 経済学研究科 博士後期課程に在籍。スタートアップ企業の創業プロセスについて研究を行っている。 アカデミックなバックグラウンドを活かしながら、Monozukuri Venturesのインターンとして調査・研究を行っている。


Author: Takahiro Inada

株式会社 Monozukuri Ventures(略称: MZV)は、京都とニューヨークを拠点に、ハードウェア・スタートアップへのベンチャー投資ファンドの運営と、 ハードウェアの試作・製造に関する技術コンサルティングを提供する企業です。
2020年1月に、Makers Boot Campを運営する株式会社Darma Tech Labs(京都市)と、 FabFoundry, Inc.(ニューヨーク市)が、2社のハードウェア・スタートアップ支援の経営資源を結集して発足しました。MZVが運営するMBC試作ファンドは2017年夏に発足し、 これまでに日米のハードウェア・スタートアップ37社(日本16社、米国19社)に投資しています。また、試作から量産に至るまでの知見とネットワークを活かし、技術コンサルティングを提供しています。 スタートアップを中心に現在に至るまで100件以上のプロジェクトを支援しています。(数値はいずれも2021年3月末時点のもの)


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