ハードウェア・スタートアップの起業家が成長を続けるために必要な2つのこと

– 3Dプリンタを真にメイカーのツールとしたMakerBotの失速 –

ハードウェア・スタートアップの起業家が成長を続けるために必要な2つのこと

– 3Dプリンタを真にメイカーのツールとしたMakerBotの失速 –

Monozukuri Venturesはものづくりスタートアップ企業に対して、投資や試作支援といったサポートだけでなく、様々な事例を調査・分析することから得られたインサイトの発信も行っています。今回はMonozukuri Venturesのインターンで、京都大学の博士課程でスタートアップ企業について研究している稲田昂弘が、調査から得られたインサイトを共有します。

今回は、ハードウェア・スタートアップの起業家が成長を続けるために必要な2つのこと- 3Dプリンタを真にメイカーのツールとしたMakerBotの失速 -というテーマで第2回レポートを公開いたします。

こちらは弊社ウェビナー:ハードウェア・スタートアップ ユニコーンへの道:業界のパイオニアの失敗から学ぶでも紹介させていただいた事例となっております。ウェビナーの内容に関しましては、YouTubeにて公開しておりますので、是非ご覧ください。

Link:https://www.youtube.com/watch?v=uldji0s5H0k

また、MZVは第2回目ハードウェア・スタートアップ ユニコーンへの道のウェビナーとして「ユニコーン企業が実践した3つの成功の鍵」を2020年9月10日17時より開催いたします。参加費無料ですので、是非ふるってご参加ください。

Link:https://mzvunicorn3.peatix.com

スタートアップ企業はイノベーションを社会にもたらすために、少ない資源で大きなリスクに挑んでいる。その中で特に急成長を遂げた企業は「ユニコーン」と呼ばれ、昨今メディア等でも大きな注目を集めている。

但し、ハードウェア分野に目を向けると、爆発的な成長を続け「ユニコーン」へと育っていくスタートアップは、まだ一握りしかいない。

「いかにしてユーザーの声に応えるプロダクト開発を続けられるか?」、多くのスタートアップが、爆発的な成長を目指し、この問いに対する答えを求め頭を悩ましている。ソフトウェア業界においては、早いサイクルでトライアンドエラーを繰り返し、サービスの提供価値とマーケットニーズのギャップを埋めていく方法をとるが、ハードウェア・スタートアップの起業家は、フィジカルな「モノ」を相手にするだけに、一回のトライアンドエラーに時間がかかるため、ソフトウェア業界とは異なるマネジメントが必要になる。そして、そのマネジメントの難易度は高くなる。”Hardware is hard”という言葉が使われる所以である。

この問いへのヒントを得るために、本稿では3Dプリンタ業界に旋風を巻き起こしたものの、数年後に失速したMakerBotの事例を分析する。そこからは以下の2つの失速の要因が明らかになった。

今まさにハードな事業に挑むハードウェア起業家に対して、顧客について深く理解し、その信頼に応え続けることの重要性とそのために必要とな観点を、共有することが出来ればと思う。

❶ 3Dプリンタを真にメイカーのツールとしたMakerBot

MakerBotは2009年にPettis氏、Mayer氏、Smith氏の3人で創業された3Dプリンタのメーカーである。同年4月にはDIY愛好家(メイカー)向けに「Cupcake」のキットを750ドルで販売開始。その後も「Thing-O-Matic」や「Replicator」といった製品を発売し、メイカーから多くの支持を集めた。創業から約4年後の2013年4月に、競合であるStratasysに約6億ドル(約600億円)で買収された。MakerBotの詳しいストーリーは下の年表を参照されたい。

左が「Cupcake1」」、右が「Replicator2」

1) https://en.wikipedia.org/wiki/MakerBot

2) https://www.3d-printer.jp/productlist/makerbot-replicator

MakerBotのストーリーにおける重要な出来事(歴史)
2009年
・Pettis氏、Mayer氏、Smith氏の3人で創業 
・RepRapプロジェクトのBowyer教授と友人から7.5万ドルを調達 
・Eve, Sarah, Doloresの3つのプロトタイプを開発 
・4月にはDIY愛好家向けに「Cupcake」のキットを750ドルで販売開始
2010年
・3Dプリンタ「Thing-O-Matic」をキットとして1225ドルで販売開始 
・10月に2000台目の「Cupcake」を出荷 
・HPがStratasysと共同でプロ向けの3Dプリンタ「DesignJet」を販売開始
・ Founder Collectiveから資金調達(調達額は不明)
2011年
・中国での製造委託を利用した”Mass Market MakerBot”の開発を模索
しかし9月下旬に方針変更、別の3Dプリンタ「Replicator」の開発に着手(中国事業は翌年4月に停止) 
・500 Startups, Bezos Expeditionsなどから1000万ドルを調達
2012年
・CESで「Replicator」を発表し、「Best Emerging Tech賞」を受賞
・4月に中国事業を停止し、その責任者で共同創業者のSmith氏が退職 MakerBotの元COOが設立したSolidoodleが、499ドルの組み立て済みプリンタを発表 
・他にも産業用3Dプリンタ大手の3D Systemsが個人向けに参入するなど、競争が激化
・ Matt Strongというエンジニアが、「Replicator」のレプリカを量産するKickstarterのキャンペーンを開始→失敗に終わる
2013年
・Stratasysに約6億ドルで買収される
2014年
・CESで「Replicator Desktop 3D Printer」を発表
・同じく出展したXYZprintingは、499ドルのデスクトップマシンを発表
・Pettis氏は9月にCEOを退任し、Stratasysのプロジェクトを率いる
2015年
・新しいCEOと経営陣が就任。3回のレイオフで約600人の従業員は半分に
・4月にはブルックリンにある17万平方フィートの製造施設を閉鎖し、すべての製造を中国の請負業者に移すと発表
2016年
・デスクトップ3Dプリンタ「Replicator+」と「Mini Replicator+」を発表
・台湾のXYZPrintingが最も人気のあるデスクトップ3Dプリンタメーカーとなる

❷ スタートダッシュの成功と失速

MakerBotは創業した2009年には早くも最初のプロダクト「Cupcake」を発売した。その出荷台数の伸びは速く、2009年の発売開始から1年で1,000台目のキットを出荷。次の半年で1000台。その1年後には6,000台目を出荷した。しかしその後、2014年の1年間だけで約4万台を出荷するも、2015年には約1.8万台と大きく減少した。このセクションでは、MakerBotがスタートダッシュに成功した要因、後に失速した要因をそれぞれ分析する。

スタートダッシュに成功した2つの要因

まずMakerBotがスタートダッシュに成功した背景には、創業メンバーが3Dプリンタについて豊富な知見を有していたこと、そして「メイカー」の要望を反映した製品開発を行ったことがある。

1 3Dプリンタについての豊富な知見
University of Bathの「RepRap」という3Dプリンタに関するプロジェクトが2004年から開始されており、創業者の3人はそこと関わりがある。またそのプロジェクトの中心人物であるBowyer教授はMakerBotの設立時に2.5万ドル(約250万円)を出資しており、協力を得ることができていたと考えられる。このようにMakerBotには3Dプリンタについての知見が創業以前から十分に貯まっていたと考えられる。

2「メイカー」の声を反映させた製品開発
MakerBotのプロダクトの初期の特徴は以下の2点である。1つ目は、ユーザーが自ら3Dプリンタを組み立てるためのキットとして販売していたこと。そして2つ目は、ハードウェアとソフトウェアがともにオープンソースであったことである。

この2つの特徴は、当時盛んになりつつあった「メイカー・ムーブメント(Maker Movement)」の担い手たちに刺さるものであった。この流れについてハードウェア・スタートアップの起業家ならば知らない人はいないだろうが、端的に言えば個人がデジタルツールの力を借りて、ものづくりの主役になれる時代の到来である。実は創業者であるPettis氏はメイカー・ムーブメントの中心人物でもあり、創業前の2008年には、ブルックリンにハッカーズスペース「NYC Resistor」を設立している。

このような背景もあり、DIYの愛好家(いわゆる「メイカー」と呼ばれる人々)などによるユーザー・コミュニティが早期に形成され、その意見がMakerBotの製品の改善に反映された。MakerBotはこういったファンとなるユーザーをうまく巻き込みながら、製品の改善を進めていったことがうかがえる。

失速した2つの要因

しかしMakerBotの成長は長くは続かなかった。その理由は2点あり、組み立て済み・クローズドソースへの移行がユーザーからの反発を招いたこと、そして生産体制構築が思うように進まず、価格競争に敗れたことである。

1 組み立て済み・クローズドソースへの移行とユーザーからの反発
先にMakerBotの製品の特長(①ユーザーが自ら3Dプリンタを組み立てるためのキットとして販売、②ハードウェアとソフトウェアがともにオープンソース)を挙げた。しかしこの2点は後に変更されることになる。

まず2012年1月に発売された「Replicator」から、キットでの販売は終了し、すべての3Dプリンタは組み立て済みで出荷されることになる。さらに2012年7月にリリースされた「Replicator 2」からはクローズドソースになる。この変更には、少し前にMakerBotの模倣品のプロジェクトが立ち上げられ、Kickstarterでの資金調達を試みたことが関係していると考えられる(この模倣品のプロジェクト自体は失敗に終わる)。

この一連の変更はユーザー・コミュニティから大きな反発を受けた。「Replicator」のシリーズには出荷当初に技術的問題があったが、もはやMakerBotの熱心なファンでもあるユーザーは、その解決を手伝うことができなくなってしまった。

クローズドにすることで、製品を悪意ある模倣から守り、一時的な売上を確保することはできたが、MakerBotの大きな強みであるファン・コミュニティからの信頼、言い換えればブランド資産を失うことになったといえる。

もちろんDIY愛好家でない一般の顧客であればこの変更に怒ることはないだろうし、スタートアップがスケールしていくためには、より幅広い顧客に向けた製品開発にシフトするタイミングが訪れる。そしてそういった市場をターゲットした競合も現に現れてきた。なので、新しい市場に打って出たい気持は十分にわかる。しかしながら、MakerBotのとった戦略は適切だったのだろうか。本稿のテーマである、「顧客について深く理解し、その信頼に応えつづけることの重要性」に照らし合わせると、既存のファンコミュニティに対しても、新しい市場の顧客に対しても、その深い理解や信頼に応えるという企業の軸が、もしかしたら足りなかったのかもしれない。

2 量産体制構築の不調と価格競争での敗北
MakerBotの3Dプリンタの価格帯は1000ドル(10万円)前後であった。それまで産業用であった3Dプリンタを、個人にも手の届く価格で販売したというポジショニングが新しい。ただ2012年には3D Systems(産業用3Dプリンタ大手)が個人向けに約1000ドルのプリンタを発売し、その後は500ドル前後で販売する競合が次々に現れた。2014年に卓上サイズの3Dプリンタを499ドルでリリースした台湾のXYZPrintingが現在は大きなシェアを占める。

対象市場に対する価格設定のミス、といえばそれまでだが、MakerBotの生産体制に目をむけると、ブルックリンの自社工場で長らく生産、2011年7月~2012年4月にかけて中国での生産を検討するも撤退。Stratasysによる買収後、2016年までにブルックリンの工場を閉鎖し、製造はすべて外注としていた。この経緯を見てみると、狙いたい商品価格を実現できるための生産体制とサプライチェーンの構築に遅れ、苦労していたことが、正しい戦略の策定と実行の足かせになっていたとも考えられる。

今回は、3Dプリンタ業界に旋風を巻き起こしたものの、数年後に失速したMakerBotの事例を紹介した。3Dプリンタについて豊富な知見を有していた創業メンバーが、「メイカー」の要望を反映した製品開発を行ったことで、強固なファン層を獲得しスタートダッシュに成功するも、組み立て済み・クローズドソースへの移行が、既存ユーザーからの反発を招き、同時に、そして生産体制構築が思うように進まず、新しい顧客層に訴求するための価格競争に敗れたことで失速した事例だった。

今まさにハードな事業に挑んでいるハードウェア起業家にとって、顧客について深く理解し、その信頼に応えつづけることの重要性、そしてそのために必要な生産体制・サプライチェーンを準備することの大切さが理解頂けたと思う。本稿がハードウェア起業家にとって、困難を乗り越え、成功をつかむ一助となれば幸いである。

注)本稿はCrunchBase, Wikipedia, Harvard Business School Caseならびに以下の記事の情報に基づいて執筆されている。

・Zaleski, Andrew, ” The 3D Printing Revolution That Wasn’t,” Wired, Dec 1, 2016.

ハードウェア・スタートアップの起業家が成長を続けるために必要な2つのこと- 3Dプリンタを真にメイカーのツールとしたMakerBotの失速 -、いかがでしたでしょうか?MZVは今後も新しい事例を交えた研究まとめを発表する、ハードウェア・スタートアップ ユニコーンへの道のウェビナーを企画しております。第2回目は、「ユニコーン企業が実践した3つの成功の鍵」です。2020年9月10日17時より開催いたします。参加費無料ですので、こちらも是非ふるってご参加ください。

Link:https://mzvunicorn3.peatix.com

[著者] Takahiro INADA

京都大学 経済学研究科 博士後期課程に在籍。スタートアップ企業の創業プロセスについて研究を行っている。アカデミックなバックグラウンドを活かしながら、Monozukuri Venturesのインターンとして調査・研究を行っている。

株式会社 Monozukuri Ventures

京都とニューヨークに拠点を持つVenture Capital。国内外のハードウェア・スタートアップに対して投資だけでなく、試作のサポートや量産体制構築の支援を積極的に行っている。

京都オフィス

〒600-8846 京都市下京区朱雀宝蔵町34番地 梅小路MArKEt 3F

ニューヨークオフィス

2910 Thomson Ave, C760, Long Island City, NY 11101