Monozukuri Ventures(以下、MZV)代表の牧野です。
前編では日本のスタートアップ振興を振り返ってみました。
#010_関西ディープテックモデルを通じたイノベーションの実装(前編)ーこの10年の日本のスタートアップ振興を振り返るー
目次
日米で異なるスタートアップのExitへの考え方 -IPOとM&A-
これまでも日本政府はスタートアップ先進国である米国での施策や事例を参考に様々な振興策を打ってきました。しかし、私たちMZVが日米両国でのスタートアップ投資を通じて感じる大きな違いは「Exitへの考え方」です。
スタートアップのExitとしては、一般的には株式上場(IPO)とM&Aの2つがあります。アメリカではスタートアップのExitはM&Aが主流ですが、日本では株式上場が主流です。実際、私たちMZVも米国のスタートアップ30社に投資をしていますが、すべてのスタートアップがM&Aを想定しています。一方、日本ではM&Aを志向するスタートアップも出てきましたが、まだ株式上場(IPO)が前提にあるというのが実情です。
株式上場自体が悪いわけではありません。ただ、
・株式上場によって投資家からの利益へのプレッシャーが強まり(リスクをとって赤字でも)事業投資したいことが出来なくなってしまう
・管理体制や内部統制などにコストが生じてしまう
など、株式上場によって事業への制約が生じてしまう可能性があります。
一方でM&Aの場合には、企業の一部門になることで資金面やその他リソース面での不安が解消されるとともに上記の事業への制約も軽減されることで、より事業に注力出来るというメリットが生じます。
つまりスタートアップの強み(スピード感や柔軟な体制、そしてリスクを取って投資出来ること等)が活きるExitを模索することが重要だと考えています。
この「スタートアップのM&A」は、単なる出口の問題だけではなく、スタートアップ人材(特に創業者や経営者)の流動化、さらには社会全体のイノベーション創出や新規事業創出にも大きく関係すると考えています。
例えば、AppleやMicrosoft等のBig Techの事例を出すことが良いとは思いませんが、これまでGoogleは大小様々なスタートアップをM&A(Buy & Build)しており、こうしたサービスが今やGoogleの礎となっていると言っても過言ではありません。またスタートアップのM&Aは多くが「アクハイア」と呼ばれ、新規事業創出や人材獲得の一つの手段としても機能しています。単にスタートアップのみにイノベーションを依存するのではなく、社会全体としてイノベーションをどう起こしていくか、スタートアップをどう位置づけるのか、この点がいまの日本スタートアップ振興として片手落ちの状況になっていると私たちは考えています。
岸田政権のスタートアップ立国戦略に欠けているもの(日経ビジネス 2022年12月)
社会全体でイノベーションを起こす「関西ディープテックモデル」
関西には京都大学や大阪大学を中心とした研究機関が多く存在し、技術開発の基盤が豊富です。そこで、私たちは関西から技術開発型(今後はディープテックやAIと表現)のスタートアップが成長して、社会に実装するまでのエコシステムを生み出すことが重要と考え、うめきた未来イノベーション機構(U-FINO) と連携して「関西ディープテックモデル」を提唱しました。
関西ディープテックモデルでは、スタートアップをユニコーン化する事を目的にするのではなく、スタートアップを大学と大企業を繋ぐ一つの役割として捉え、社会全体としてイノベーションを生み出すことを目指します。
つまり大学には大学の役割(基礎研究)、スタートアップにはスタートアップの役割(研究開発から製品化)、そして大企業には大企業の役割(グローバルでの事業開発や量産化)があり、それぞれの得意領域に注力する、かつ連携をする中で、そのサービスや技術の社会への浸透を図るというものです。具体的にはスタートアップがM&Aされ、そのサービスや技術が世界に展開されていくような社会を目指したいと思います。
このモデルで鍵になるのはディープテックやAIのスタートアップが成長出来る環境を関西の地に構築出来るかです。そこで関西ディープテックモデルでは、いまディープテックやAIスタートアップが抱える4つの課題解決に取り組む予定です。
ディープテックやAIスタートアップが抱える4つの課題
まず「①事業化までの時間の長さ」と「②Exitにおける選択肢の少なさ」に注力します。
これまで投資先のスタートアップ等を日本の企業等に紹介してきました。ただ多くの企業は研究から開発までを自社で行なっており、いざスタートアップと連携するとなっても、その連携方法や体制がないことが分かってきました。同時に、各社で様々な取り組みを実施しているにも関わらず、そうしたナレッジを企業同士で共有する機会も少ないことが分かりました。
関西には数多くの企業が本社を構え、まさにスタートアップ連携を強化しているタイミングでもあります。そこで2024年11月からスタートアップとの連携を軸とした新規事業創出のクローズドコミュニティ「DAP(DEEPTECH & AI ACCELERATION PROGRAM)」を立ち上げることになりました。
このコミュニティを通じてナレッジを共有し、スタートアップとの連携を加速、事業化までの時間の短縮化を目指します。またスタートアップ連携の一つの成果として、スタートアップのM&Aを増やし、新規事業の作り方として、スタートアップのM&Aも選択肢に入るようなマインドセットや環境を作っていきたいと考えています。
Monozukuri Ventures、U-FINOと協力し、「DAPプログラム」開始へ
続いて取り組むのは、「③経営者人材の不足」です。
大学発のディープテックスタートアップでは、研究者や技術者はいるものの経営人材が不足しているため、経営チームの脆弱性やビジネス推進力の弱さから投資が進みにくい現状があります。経営人材のマッチングや客員起業家制度などの導入が進んでいますが、個人的には不十分だと感じています。
米国での投資経験を通じて、そのスタートアップエコシステムを垣間見る機会がありますが、特に感じるのは、M&Aの多さと比例して「シリアルアントレプレナー」と呼ばれる繰り返し起業する人材の層の厚さです。この層の違いは、日本と比べて明らかです。スタートアップには経験も重要で、ナレッジやネットワークを持つ起業経験者は、初めて起業する人と比べて圧倒的な優位性を持っています。この差が、日米のスタートアップの成長速度の違いに繋がっていると感じています。
私たちは「シリアルアントレプレナーの創出」が非常に重要だと考えています。これは難しい課題ではありますが、解決策はあると信じています。この取り組みについては、また後日のブログなどでお話しできればと思います。
最後に取り組むのは、「④リスクマネーの不足」です。京都大学や大阪大学を中心に大学ファンドが設立され、リスクマネーの供給体制は整っていますが、資金はまだ十分とは言えません。資金だけが問題ではないと思いますが、実際にディープテックスタートアップが関西から拠点を移す事例も生じてきています。
私たちは、ファンドが単に資金供給を担うだけではなく、大学や研究機関からの技術シーズの発掘、試作のサポート、中堅・大企業と連携した事業化やM&Aまでを一貫して行う新しいカタチのファンドが必要だと考えています。
関西ディープテックモデルを通じて、大学、スタートアップ、中小・中堅企業、そして大企業が連携して、社会全体でイノベーションを創発すると共に、関西に新しい日本のスタートアップエコシステムを構築していきたいと考えています。こうしたコミュニティに関心ある方は是非お問合せ下さい。
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