Monozukuri Ventures(以下、MZV)代表の牧野です。
近年、スタートアップと大企業が連携し、新たな価値を創出する「オープンイノベーション」が注目を集めています。モノづくり領域では、スタートアップが持つ革新的な技術やアイデアと、大企業が有するインフラ、市場アクセス、技術等を組み合わせることで、これまでにない製品やサービスが生まれています。しかし、効果的な連携を実現するためには、双方の役割や協業のパターンを明確に理解することが重要です。 本記事では、オープンイノベーションを3つのパターンから整理しそれぞれの特徴と事例を紹介します。オープンイノベーションとは
オープンイノベーションとは、2003年にカリフォルニア大学バークレー校のチェスブロー博士が組織内部のイノベーションを促進するための概念として提唱しました。チェスブロー氏によれば、意図的かつ積極的に内部と外部の技術やアイデアなどの資源を活用することで、組織内で創出したイノベーションを組織外に展開する市場機会を増やすことであると定義されています。
【関連記事】#003_製造業におけるオープンイノベーションの取り組み方
オープンイノベーションの3つのパターン
1. プラットフォーム型
プラットフォーム型はインフラ等を有する大企業の軒下を借り、そこに来るユーザー等に向けてサービスを提供するパターンです。このパターンでは、大企業が持つ物理的やデジタルなプラットフォームに対して、スタートアップが自社のサービスや製品を提供します。ITサービスや物販など流通系のスタートアップとの相性が良いです。大企業にとっては、自社のプラットフォームの価値を高めるとともに、新たな収益源を確保する手段となります。スタートアップは大企業の既存の顧客基盤や流通網を利用できるため、迅速な市場展開が可能となります。
このパターンの連携のポイントは、大企業側は提供できるスペースのルールを明確化しておくことです。一方、スタートアップはサービスが完結していることが不可欠となります。2. 課題解決型
課題解決型は大企業が抱える課題(DX化や品質改善等)に対し、スタートアップがソリューションを提供するパターンです。大企業が直面する業務上の課題や技術的な課題に対し、スタートアップが自社の技術やサービスを用いて解決策を提供します。BtoB向けのITサービス、さらにAIやIoTなどのモノづくり領域のスタートアップとも相性が良いです。大企業はスタートアップの知見を取り入れることで、課題解決のスピードと効率を向上させることができます。スタートアップにとっては、大企業との協業を通じて自社の技術の実証や改善の機会、更には販売に繋がることが期待されます。
このパターンの連携のポイントは、まずは大企業側の課題が具体化、明確化していること、そして連携のための予算や体制があることがポイントとなります。PoCから徐々にサービスをアジャストしていくことが有用であるため、ベンチャークライアントモデル(VCM)のような枠組みは有効です。一方でスタートアップ側には単なるプロダクトの提供だけではなく課題解決のための提案力やコンサルティングスキルも要求されます。3. 事業共創型
事業共創型は大企業とスタートアップが共同で新たな事業を創出するパターンです。この事業共創型は大企業とスタートアップ両者が対等なパートナーとして、中長期な観点で新たな市場や製品・サービスの開発に取り組みます。中長期な観点で事業を創っていくのでディープテックのような研究開発型はこの連携が必須となります。スタートアップの柔軟な発想や技術力と、大企業の資金力や市場アクセスを組み合わせることで、革新的な事業の創出が期待されます。また、共同での研究開発や知的財産の共有など、長期的な協力関係が築かれることが多いですが、大企業とスタートアップの間には大きなギャップが存在しており、最も難易度が高い連携となります。
MZVでは2015年から一貫してハードウェアやディープテックのスタートアップを支援しており、事業共創型の連携は当社の核心的な支援領域です。単なるマッチングに留まらず、当社メンバーがスタートアップの事業開発担当として、あるいは大企業との連携プロジェクトマネージャーとして深く関与し、戦略立案から事業推進までをハンズオンで担うことで、複雑な連携を実現に導いています。大企業の経営層とのビジョン共有から、大企業やスタートアップの技術アセスメント、双方の事業計画の策定、知財戦略、さらにはCVCからの出資やM&Aに向けた交渉支援まで、多岐にわたる調整・支援を行っています。 このパターンの連携のポイントは、大企業としてどういう姿を目指すかという中長期ビジョンやそのビジョン実現に向けて何が欠けているのかという現状認識が重要となります。またBtoBとして1対1で完結するよりも、BtoBtoBとして複数企業を巻き込んだサプライチェーン全体から連携や事業戦略を考える必要もあります。その上でスタートアップと連携するための予算や体制も重要となります。VCMのような購入型に加えて、スタートアップの経営にもコミットできるCVCの巻き込みやM&Aまでを見据えた体制を整備しておくことも重要です。一方、スタートアップには、技術の強み以外に、効果や効用をソリューションとして伝えるスキル、更には他サプライチェーンを巻き込むネットワーク力や戦略立案能力が必要になります。実際の連携事例から学ぶ:オープンイノベーション成功のヒント
1. プラットフォーム型: JR東日本物流 x アリススタイル
JR東日本では2017年よりスタートアップのアイデアや技術と駅や鉄道等の経営資源や情報資産との連携を目的としたプログラム「JR東日本スタートアッププログラム」を実施してきました。これまでに合計138件の提案を採択しているそうですが(2025年3月時点)、2025年3月、もののシェアリングサービスを手掛けるアリススタイルとJR東日本物流との連携が発表されています。JR東日本の駅で様々なモノを借りて、別の駅で返却できるサービスとして「プレンタ」がスタートしており、アリススタイルはJR東日本の駅の利用者へのリーチが可能になり、かつ駅利用者は手荷物を減らし、身軽に移動できるようになります。 駅で借りて駅で返すレンタルサービスで便利な電車旅を提供
2. 課題解決型: 製造業企業 × エスマット
製造業企業は常に在庫の課題(過剰在庫、欠品、棚卸し等)を抱えています。特に近年は人手不足もあり在庫の可視化や適正化は喫緊の課題になっていました。そこでIoT重量計を使った在庫管理・発注自動化ソリューションを展開するエスマットとの連携がスタートしました。現在では製造業企業の在庫管理だけでなく、医療機関での医薬品の管理やホテル等でのリネン管理など幅広く活用されています。同社のスマートマットを活用することで棚卸工数を最大50%削減するなど成果が出ています。在庫管理DXで1回あたり60時間かかっていた棚卸工数を約50%削減!“置くだけ”管理で、欠品と過剰在庫を一挙に解消
3. 事業共創型: 日産化学 × ローム × Arieca × (MZV)
半導体向け高熱伝導複合材料を開発する米国Ariecaは大学での少量生産は実現したものの量産化に課題を抱えていました。そこで材料メーカーと連携したいということで、MZVが同社の日本での事業開発を支援しました。複数社の材料メーカーと接触する中、日産化学が新素材を事業ポートフォリオに入れる可能性があるとして同社材料に関心を示し、PoCがスタートしました。またLSIや半導体素子を開発するロームが同社材料の活用に関心を示してくれました。こうした連携を具体的に進めるために2022年5月に日産化学やロームを中心とする資金調達を実施しました。その後、開発も順調に進み2022年12月に日産化学とAriecaとの間で製造契約が締結され量産化も開始されました。現在、ローム含めて複数社で同社材料の販路が広がりつつあります。
・Arieca Announces $6.5M Series A Funding Round
・Arieca Announces Manufacturing Partnership With Nissan Chemical Corporation
オープンイノベーションはスタートアップ・大企業双方の迅速な成長に有効な手段
オープンイノベーションは、スタートアップと大企業が互いの強みを活かし、新たな価値を創出するための有効な手段です。今後、スタートアップと大企業の連携はより進んでいくと考えていますが、互いが連携の目的を明確化し、かつ連携方法に応じた体制を構築していくことが必要だと考えています。連携を加速するために私達のようなVCの存在意義もあるのではないかと思っています。本記事が、オープンイノベーションの理解と実践に役立つことを願っています。
Monozukuri Venturesへのご相談・お問合せはこちら
Monozukuri Venturesでは、スタートアップとの連携を検討する企業様や、共創型の新規事業を模索する皆様からのご相談を随時受け付けております。 オープンイノベーションの企画立案から連携支援、事業化まで、実践的かつ伴走型のサポートをご提供しています。お問い合わせフォームはこちら
当社ニュースレターへご登録下さい。
Monozukuri Venturesでは、ハードウェア・ハードテック特化型のVCからみた、製造業・ハードウェア業界動向のご紹介をしています。ご興味のある方はこちらの
Monozukuri Ventures CEO。愛知県出身、京都に住んで17年。ずっと関西中心にスタートアップに関わる仕事をしています。今は京都の梅小路エリアにてスタートアップ、アーティスト、クリエイターが集うような街づくりにも挑戦中。2児の父親として育児も頑張ってます!!