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スタートアップ業界に50年、キャピタリスト木村美都に「起業家と投資家に必要なこと」を聞いた(後編)

Monozukuri Venturesのインベストメントパートナー木村美都(きむら・みくに)のインタビュー後編です。前編では大学卒業後、バブル経済に向かって成長する過程でのキャリアを伺いました。後編ではフューチャーベンチャーキャピタル(以下、FVC)設立から、今日に至るまでのキャリアと、今後の日本を担うスタートアップやVCに向けたメッセージを伺いました。

新卒採用の社員による新興VCへの参加

――2000年以降、スタートアップの環境も大きく変わっていったわけですね。FVCは2001年に上場しましたが、2011年には創業者の川分さんが退任しています。 一方で2015年にMonozukuri Ventures(以下、MZV)の前身となるDarma Tech Labsが京都で創業しています。

その当時のFVCというのは業績不振に陥っていて、「そろそろ木村さんも辞めてもらわないと…」というような話をしていた川分さんが先に退任され、僕が採用した社員が社長になるという時期でしたね。その頃には僕も60代になっていましたし、そろそろ引退かと思っていたら、新卒から面倒を見ていた牧野が「今度こういうVCを始めるから参画してほしい」と言ってきたのです。 牧野はそれこそペラッペラの新卒社員だったときからの縁です。最初は慎重に物事を進める人間でしたが、そのうちに自分のやりたいことをはっきり言うようになっていましたね。アメリカではアクセラレーターやインキュベーションオフィスが増えていて、自分もそういった事業をやりたいと言っていたんですね。その頃は不景気でファンドに資金が集まりにくい環境だったこともあり、牧野のヴィジョンとFVCにギャップがあったのだと思います。

Darma Tech Labs時代の一枚

――その当時の話は過去に私も牧野さんにインタビューしています。ちょうどリーマンショックが到来していたころですよね。牧野さんはFVC在籍時にシリコンバレーまで自腹で視察に行っています。投資前の段階からスタートアップを育成する環境が充実している環境を目の当たりにして、国際的な競争力のある製造業でスタートアップを投資・育成する事業を考えていたそうですね。とはいえ、足元の不況による事業の立て直しが急務となり、牧野さんが独立したのは2015年。木村さんは63歳になった頃です。 幅広い産業に投資するFVCからハードウェアやディープテックに投資するMZVに移られて今に至るわけですが、印象的だった投資先はありますか?

いくつかありますが、メロディ・インターナショナルが最初に思い浮かびました。彼らは胎児をモニタリングするIoTデバイスを軸とした、遠隔医療プラットフォームを開発しているスタートアップです。 メロディ社の事業は医療環境が整った先進国ではなく、出産リスクの高い発展途上国に持ち込んだほうが価値を発揮しますし、市場規模も大きいわけです。彼らとしても途上国に向けたビジネスを検討していた。しかし、当時の課題として、途上国で売るには原価が余りにも高かったのです。そこで実際に彼らと面談した後に、MZVの森本さん(テックコンサルタントの森本康裕)と「原価を10分の1にできる可能性があるね」という話になったので投資することを決めました。それは技術と市場両方の価値を判っていたからこそ判断できたのだと思います。

経営者に求められる能力とは

――木村さんが投資判断するに当たって、技術や市場規模も見ていると思いますが、その他に重視している点はありますか?

いい製品やサービスを手掛けていても、経営者が聞く耳を持たない人は事業も成長しないし、経営者自身にどれだけ成長の余地があるかは見ていますね。ですから、自ずと年寄りの経営者よりは、どんどん伸びる若い人のほうがポテンシャルは高いですよね。 その上で経営者にとって重要なのは、人を動かせる力だと思います。それを評価するためにはオフィスを訪ねて、どのように人を動かしているかを見るのが一番効率的ですね。経営者が動かすのは社員だけでなく、外注先や代理店、銀行、株主と幅広いし、動かし方も高圧的に出る人もいれば、説得型の人もいる。アプローチの方法は色々あるにせよ、人を動かせない経営者には誰もついてきません。 大企業にいれば企業の看板であったり、ヒエラルキーの力で人を動かせますが、スタートアップに来たら、そんなものは全くありません。まさに個人の力で動かさないといけないわけで、そこに気づいている経営者であるかは重視しています。 人を動かすに当たって重要なのは、地理と歴史を伴った仮説を語れることです。「今まではこうだったが、これからはこうなる。だから我々の事業はこのように適応し、成功する」といった地理的かつ歴史的な事業仮説を持てているかは大事ですね。それがある状態で説得すれば採用活動でも相手に響くし、購買調達でも「いい事業になるから、もっと価格を下げてくれ」という説得ができるわけですよね。 先程メロディ社の話を挙げましたが、最終的な値決めのロジック形成も経営者には必要な要素です。中小企業金融公庫にいた際に担当したレーザーテックは、半導体工場のフォトマスク検査装置を世界で最初に開発して大成功を収めた企業で、彼らが素晴らしかったのは技術もさることながら値付けに対する意識が高かったことなんですよね。彼らは「自分たちの装置を導入したら、相手がどれだけ儲かるかを考えて値付けを考えています」と言っていました。コストに適正な利益を乗せるのではなく、導入することによって顧客が得られる利益のうち、何%をもらうべきかという考え方をしていたんです。そのロジックと技術に納得して、海外の大手半導体メーカーがこぞって導入し、最終的には国内大手も導入したというわけです。 私は今もスタートアップに対して値決めや価格交渉の重要性を話していますが、その際に自分たちの価値を真剣に突き詰めて理解しているかを伝えていますね。

キャピタリストに求められる資質とは

2018年、ラスベガスで開催されたCESの会場で

――一方で木村さんはこれまでに多くのキャピタリストを育ててきた経歴をお持ちですが、ベンチャーキャピタリストとして重要な資質は何だと思われますか?

まずはテクノロジーに対するリテラシーを持つことですね。そのテクノロジーはどういう原理でできていて、地理的・歴史的な背景はどのようになっているか、そしてどの辺りにブレイクスルーやギャップがあるのだろうか――。といった時間的かつ空間的な感覚をテクノロジーに対して持っているかということですね。それは言葉で理解していれば良くて、キャピタリストが自らコードを書いたり、シミュレーションソフトを動かす必要はありません。 なぜなら投資委員会は言葉で動くからですよね。さらに言えば通貨というパラメーターで表現されるべきです。ビル・ゲイツだって経営会議で話していたのは英語という言語であって、C言語ではない。だからこそ、個々の投資案件についてちゃんと日本語で語りきれるかどうかが重要な資質だと思います。それは技術開発のレベルまで高める必要はありません。私たちが関わっているのは経営なので、経営のレベルで理解し、話せれば問題ありません。

――キャピタリストというと、スタートアップへの投資に目が行きがちですが、LP(Limited Partnership、ここではファンドに対する出資者を指す)の開拓も重要ですよね。

FVCで100億のファンドを組成できたのは、人脈が功を奏した部分が大きいと思います。40代、50代と年齢を重ねると組織の中で偉くなる人が増えてくるわけです。そういう人たちとのネットワークが積み重なって、大きな額のファンドが組成できたのだと思います。だからこそ、30代のうちから人脈を形成することは重要ですし、若いうちは周りから可愛がられるような人間性を養うことが人脈作りにおいては欠かせませんね。 とはいえ、人脈だけが重要なのではなく、説明能力も重要です。LPと一言で言っても、さまざまな企業、投資家があります。海外に目を向ければ、ファミリーオフィス※4もあります。それぞれの立場や特性に応じたアプローチの仕方があるわけです。 機関投資家であれば、ロジカルな根拠からファイナンシャルリターンの見通しをきちんと説明する必要があります。また、事業会社であればお金だけでなく、事業面でのリターンも不可欠というように複数のシナリオを持っておくことが必要ですね。

※4…資産家の資産運用を担うプライベートカンパニー。10億円〜100億円規模の資産家を複数顧客に持つタイプもあれば、100億円超規模の資産家一族の専属組織も存在する。欧米では企業やファンドへの主要な出資元の一つとして認識されている。

MZVの1号ファンドには京都銀行がLPに入っていますが、これは京都試作ネットと連携して全国の試作開発案件を京都に持っていくという狙いがあったからこそ参画してくれたわけです。LPごとに出資する動機や理由は異なるわけですから、そこにアジャストしたファンドを設計できるかがポイントですね。僕の場合、同年代は皆引退していますからLP集めとしての旬は過ぎています。だからこそ牧野や関君(MZV 最高投資責任者の関信浩)を中心とした、これからの世代のキャピタリストの活躍が求められるわけです。 VC業界全体では投資スタイルもアグレッシブになって、バイアウトファンドに携わってきたような人材がVC業界にも来るようになりました。ただ、バイアウトファンドとVCファンドはリスクの大きさが全く異なります。バイアウトファンドは既に出来上がった企業を買収して、切った張ったの改革をして売却するというスタイルですが、VCの投資先はこれから製品やサービスを作っていくという企業に出資するわけです。だからこそ、リスクも時間軸も全く異なります。 バイアウトファンドの成功確率は80%以上を求められますが、VCの場合には20〜30%の確率でホームランが打てればいいという考え方です。そのために種をまき、水をまいて、草をむしり、時間をかけて育てていくというのが基本的なプロセスです。ハードウェアやディープテックは、ことさら時間を要します。 だからこそVCのキャピタリストは投資先の技術とリスクを理解すると同時に、適切な情報と選択肢を常に投資先にインプットし続ける必要があります。 どんな課題がクリアできれば実用化できるのかを判断して投資しなければいけませんし、このルートで事業化するのは難しいけど、別のルートだったら事業になったという事例もたくさんあります。マイルストーンを設定して、「ここまで来たら追加出資しよう」と、投資先とコミュニケーションを取りながら、正しい投資判断ができる人材がVC業界には必要ですね。

スタートアップする人たちも、市場も変化している

MZVの投資先であるORPHE(オルフェ)のCEO、菊川裕也氏と木村

――これまで半世紀に渡ってスタートアップと関わった木村さんから見て、今の日本のスタートアップを取り巻く環境はどのように映っていますか?

時代を追うごとにより優秀な人がスタートアップに参加するようになりましたね。昔は中堅大学の出身者だったり、中小企業経営の延長線上にあったような状況でしたが、今では東大や京大といった一流大学にいた人が、何の抵抗もなくスタートアップの世界に飛び込んでいます。加えて、数年後にスタートアップとして起業することを前提に大企業で修行する若者も増えていますよね。 MZVの出資先で言うと、スマートショッピングを創業した二人(志賀隆之氏と林英俊氏)は京都大学大学院で知り合って、お互いに大企業で経験を積んだ後に合流しています。彼らは既に累計で26億円もの資金調達を果たしていて、期待している投資先の一社です。 大企業出身者で言うと任天堂出身の二人(姜京日氏と中野恭兵氏)が立ち上げたAtmophもユニークなスタートアップですね。彼らが開発するスマートウインドウは最新のテクノロジーというよりは、任天堂のようにレガシーなテクノロジーを駆使しながらも、コンテンツと企画力で勝負している点に魅力を感じています。 2号ファンドで出資したスタートアップの中でいうとteamSですね。シャープ出身者で構成されたスタートアップで、平均年齢は高いけれども過去にイグジットを経験しているという点では、他のスタートアップにはない強みを持っています。

――外部環境としては電子部品の供給不足や、ロシア・ウクライナ間の問題など先行きが不透明な状況がまだ続くことが予想されます。今のタイミングで木村さんはスタートアップにどのようなアドバイスをしているのですか?

ボラティリティが高い状況になると、市場の選別が厳しくなります。数を打てば何かが当たるという世界ではなくなるので、それに合わせた立ち回りが経営者には求められます。具体的に言うと、事業の進捗がしっかりわかるものを重視しながら、優先順位を立ててほしい。いつ大成するかわからないことをコツコツと続けることも大事だけれども、事業の進捗やスピードが可視化されていたほうが、次の資金調達もしやすくなります。 その可視化というのは企業によって異なります。段階を追ってパイプラインが増えてきたということかもしれないし、売上額や取引先が増えたという場合もあるでしょう。研究開発型のスタートアップであれば、全体のうちのここまでステップが進んだということかもしれません。 それぞれに異なるフェーズはありながらも、常に変化している様を明確にしておくこと。その変化の過程で滞留しているのであれば、そのボトルネックを突き詰めて対策を練るといったアクションを絶やさないことが重要だと、投資先にはアドバイスしています。

――これからベンチャー・キャピタリストを志す人たちに向けて、同様にメッセージはありますか?

キャピタリストとして仕事をするにはテクノロジーやビジネスに対するリテラシーを身につけることが欠かせませんが、それを教えてくれるのは投資先のスタートアップなんですね。 だからこそ、スタートアップに対して彼らが話しやすくなるようなヒアリングを心がけてください。投資側が一番知りたいことから聞くのではなく、スタートアップが喋りたがっていることから聞いてあげて、最終的に自分たちが知りたいことが聞けたら理想的です。そのためにはお互いの信頼関係が欠かせません。 「この人なら喋ってもいいな」とか「この人に相談すれば、いいアドバイスがもらえるな」とスタートアップから評価されないと本当のことを話してくれません。お互いを疑う時間がもったいないですよね。 「どうせ金融機関とか投資家なんて、自分たちのことわかってないだろう」と思って、スタートアップから情報を出し惜しみされるケースは、実際のところ少なくありません。 正直にお互いの事が話し合える関係が築けていると、投資タイミングもクリアになります。「今はお金を渡すよりも、顧客を見つけるほうが先だな」とか「実用化するために、この技術を探してこないとダメだな」とか「この事業を任せられる人を採用するほうが先だ」とか、やるべきことがはっきりする。 そのためにも、キャピタリストとスタートアップは互いに信頼関係を構築すること、そして、スピード感を持って判断できるような情報の交流をすることが大切ですね。

ライタープロフィール 越智岳人 編集者、ライター。 大学卒業後、複数のエンタープライズ業界でデジタル・マーケティングに従事。2013年に株式会社メイテックでWebメディア「fabcross」を立ち上げる。サイト運営と並行して国内外のハードウェアスタートアップやメイカースペース事業者、サプライチェーン関係者との取材を重ねる。2017年に独立、フリーランスとして取材活動を続ける傍ら、スタートアップを支援する企業向けのマーケティング/コンサルティングや、企業、地方自治体などの新規事業開発やオープンイノベーション支援に携わる。2021年にシンツウシン株式会社を設立。

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